昼食は甘い缶コーヒー。
プシュっとプルタブを開け一口飲み、ポケットに手を入れる。
取り出したタバコに火をつけるため、左手にある缶コーヒーを車の屋根に置く。
車の屋根はそもそも雨露を防ぐものであって、缶コーヒーを置くために造られたものではない。
しかし、置くにはちょうど良い高さとフラットな面が
まさに缶コーヒーを置くために作られたもののように行為を誘発する。
こんなこと、ありませんか?
例えば雨が降り、傘をさす。
傘立てがない自宅(うちの場合は)に帰り、床のタイル目地に先っちょを合わせて
傘を立てる。
タイルは決して傘立てのために設えたものではないけれど
傘を立てるための行為を誘発するそのタイル目地。
行動心理学上、このことをアフォーダンスと呼びます。
アフォードされる行為。
僕はテーブルですよ~。とか、私は傘立てですよ~とか主張するものではなく
それぞれの用途のために作られたものではない日常にあるもの。
見ようとすれば見えてくる。
行為にこそ見えてくるデザイン。
デザインとは実におもしろい。
変わって、主義主張が大事なものが会議です。
対面の対話こそ一番大事なものだと開催した理事会。
出席者でたぶん一番若いであろう私が一番発言する。
時間とは有限であるにもかからわず何の意見も発言もない出席者。
会議に出席して発言しないことは、そこにいないものと同じ。
何もなく、ただ終わりを待つだけの会議にいったい何の意味があるのであろうか。
変わりゆく季節と過ぎゆく時間なかで
変化を恐れずに挑むのだと心を再確認した秋の午後。