「建築は、人々をつなぐ具体的な言語である」
東京大学工学部准教授 小渕佑介氏の言葉
多様化した現代。
平均点をかみ砕き、甲も乙もこれまた多様性と認める社会。
今を生きる我々にとって良いものとは何なのかと考える。
子供の頃、お湯を注いで3分待てば出来上がりといえば日清のカップヌードル。
カップスターは変化球。
それが今は、スーパーの陳列コーナーを所狭しと並ぶインスタントラーメンの数々。
車を買おうものであれば雑多なカラーリングと数々の内装の組み合わせ。
買い物に行く時間もなく、ちょいとネットで買おうと検索しようものならば
エンドユーザーの評価コメントに耳を傾け、最安値なるものを見つけるために
リサーチに時間を費やしたる行為はまさに「本当にこれで良かったのか」と
猜疑心が増殖する、複雑化した多様な現代です。
多様化する社会が、選択肢が多い社会が逆に生活を複雑にしてしまったというアンチテーゼ。
このような現代社会の多様性を社会学では「ポスト・フォーディズム」と呼びます。
アメリカの自動車メーカーであるフォードに起因する言葉で
大量生産するための機械化(ベルトコンベア)と労働の単純化を組み合わせた生産システムです。
均一な製品の大量生産が、製品単価を下げ、大量消費へと導きました。
1970年代に発展したこの「フォーディズム」が、1980年代以降「ポスト・フォーディズム」へと 変わっていく。
端的に要約すると、大量生産された均一品かた脱却し、製品に個性を求めたもの。
個性を求めればニーズが多様化し、多くの選択肢を与える結果となる。
現代の建築に於いても同様で、ハウスメーカーや設計施工の工務店の「カタログで選ぶ」住宅に はたして何千万円とする買い物をカタログで決めてしまって良いものかと危惧し
専門的な知識もなく資格もないデザイナーなるものにデザインを依頼し、そして何となくカタチに なってしまった(粗悪で粗末な建築)に、我々建築家としての社会との関係性に それはそれれでまた努力が足らんと自分に檄を入れる。
この多様化した時代背景に、建築はどのような歩みをするべきなのか。
秋の空。
やるべきことはたくさん。
想うことはたくさん。
観察することを忘れず、考察することを忘れず。
妄想することを良しとし、実現することを夢見る。